4/29の未明にお笑い芸人で漫談家の牧伸二さん(78)が、東京都と神奈川県の県境にある多摩川に架かる丸子橋から転落し、通りがかった目撃者が近所の交番に届け出て警察官が駆けつけ、救助されて病院に搬送されましたが間もなく死亡が確認されました。
現場は牧さんの自宅から1km程度の場所で、橋の周辺の多摩川の河川敷は野球用のグラウンドもあり釣り糸を垂れる人などもいる憩いの場です。橋の上は車道と歩道に分かれており、夜間は車の通行はあるものの歩行者は殆ど見られないとの事で、欄干には牧さんの愛用していた杖が残されており、通行人の話から警察は牧さんが飛び降り自殺したものと判断しています。
目撃者によると牧さんは同日0時15分ごろ自ら橋の上から多摩川へ飛び込んでおり、「バシャーン」という大きな音が橋に反響したそうです。交番は東京側の橋のたもとの所にあり、駆けつけた警察官らが牧さんを発見した時は水面に浮かんでいる状態だったとの事です。橋の上から川の水面までは10数mはあると見られ、水深はそう深くないことから水面と川底に体がぶつかった打撲の衝撃で牧さんは亡くなったとみられています。
こちらは牧さんの訃報を伝える「JNNニュース」(TBS系)の映像です。ウクレレを奏でて世相を風刺し、「あ～あ やんなっちゃった」の歌と共に一世を風靡したウクレレ漫談家の牧さんの信じられない突然の自殺の裏には、一体どんな理由があったのでしょうか。前日に自宅から牧さんが出掛ける姿を近所の住人が目撃しており、その時は何も変わった様子は無かったとの事でした。
その日の牧さんは仕事が2本入っていて、1本目の仕事は何も普段と変わりなく済ませていますが、2本目の仕事は突然キャンセルしています。その理由は分かっていません。近頃は難なく仕事をこなし休むことはあまり無かった様で、5/5には静岡県三島市で「牧伸二と百人の芸人たち」と題した公演を予定しており、芸人仲間らとステージに立つ予定だったそうです。
牧さんの二女の真理子さんは前日の様子を、「午前中に仕事に出たと思います。浅草に行くと聞いていましたが、そのまま戻らなかったです。」と語り、記者から「何か変わった事は無かったか？」と聞かれると、「最近は思い詰めていた様子も特に無く普通だったと聞いています。病の後遺症というのは確かにあったと思います。一緒に住んでいないのでよく分からないんですけど、(仕事面でも)ごく普通だと思います。びっくりするだけで、まだ本当だっていう事がちょっと…。」と答えていました。
浅草から戻らなかった牧さんを家族は心配したそうですが、牧さんは携帯電話を持っておらず連絡することができなかったそうです。
牧さんと50年来の親交のあったフリーアナウンサーの山本文郎(78)はニュースで牧さんの訃報を知り、「テレビ見てて、ショックでしたね。何でなんだよ…。」
と突然の事に動揺を隠せない様子で、「優しくて温かい方でした。芯は本当に優しい人ですよ。常に相手の立場に立ってものを考えられる人だったんじゃないですかね。」と生前の牧さんを偲び、自殺に関しては「僕は信じられませんね。自ら自分の命を絶つなんて、そんな事できる人じゃないと思ってましたよ。よっぽと何かこう…あったんじゃないでしょうか。衝撃的な事がねぇ。」と、故人となった牧さんを思いやっていました。
同じく牧さんと親交のあったコメディアンのケーシー高峰(79)は、「去年が最後でしたね、お会いしたのは。その時はとにかくヘビードランカーでタバコが好きで、「牧ちゃんよしなさいよ、脳梗塞になってるんだから。また再発するよ。」と言ったんですがね。言うこと聞かなかったですね。昭和一桁の芸人さんっていうのは頑固な方が多いからねぇ…。」と語り、その時は杖をついていたとの事でした。更に自殺の動機について、「非常にナイーブな方なんですよ。演芸協会の会長をなさっていて心労もおありだったでしょうし…。とにかく人一倍勉強家ですよ。ひとつ考えられるのは、突然「うつ」になってしまったんじゃないかなとしか考えられないですよね。」と語り、やはりその原因が病にあったのではないかと考えている様でした。
昭和９年生まれの愛川欽也(78)、大橋巨泉(79)らと「昭和九年会」を結成している俳優の藤村俊二(78)は突然の出来事にショックを隠せない様子で、「言葉も出ません。マキシンちゃんと自殺が結びつきません。天国でお幸せでいらっしゃることを祈っております。」と語っています。「昭和九年会」の結束は固いことから、他のメンバー達もどれだけ衝撃を受けているかがうかがえます。
1950～60年代に平尾昌晃（７５）や山下敬二郎（享年71）らと共に「ロカビリー３人男」として大人気だった歌手のミッキー・カーチス(74)は、牧さんが亡くなった事を受け、自身のツイッターで、「牧伸二さんはおれがロカビリー時代にウクレレ持って司会者で、ＳＬに乗って全国を回ったのでよく覚えてる！合掌」と、追悼の言葉を綴っていました。
牧さんは1934年に東京で生まれ、高校生の時に牧野周一の漫談をラジオで聞き、1957年にラジオ東京（現TBSラジオ）の「しろうと寄席」で7週連続で名人位を獲得した実績から漫談家の牧野周一(享年70)に弟子入りし、牧伸二の芸名をもらってデビューしました。師匠にウクレレ漫談を勧められ、後に「やんなっちゃった節」が誕生し、社会風刺や「ぼやき」を歌ったそのウクレレ漫談が次第に人気を博し、1960年には爆発的人気となりました。
演芸番組の「大正テレビ寄席」(テレビ朝日系 1963－1978)が牧さんの看板番組となり、アロハシャツにウクレレ姿が牧さんのトレードマークとなりました。同番組は視聴率が30％を超えたこともあったそうです。1965年には、第2回日本放送作家協会賞・大衆芸能賞を受賞し、漫談だけでなく喜劇映画やバラエ
ティー番組にも出演しマルチな才能を見せた牧さんは、1999年にその功績が認められ東京演芸協会の6代目会長に就任しています。
しかしその矢先の2002年に脳内出血で倒れ左半身がマヒしてしまい、後遺症が残った為にウクレレを弾くには致命的とされました。牧さんは倒れた翌日から懸命にリハビリを行い、わずか45日で仕事への復帰を果たしています。
復帰後の牧さんはインタビューでウクレレの難しいコードは押さえられないと言いながらも、3つのコードを押さえれば「やんなっちゃった節」できるからやり
ましょうと、以下の新作を披露していました。
いまの子供はすぐキレる
キレない子供は時代遅れ
時代遅れにならないように
牧伸二もキレちゃった
あ～あ やんなっちゃった
あ～あ 驚いた
この様に自分の身に起きた不幸までも自虐ネタとして歌にしてしまう牧さんの芸人根性は見上げたもので、この「やんなっちゃった節」のバリエーションは通算1500曲にものぼるとされています。かつて、「芸人はいつでも舞台に立って、お客の拍手を浴びていたいもの。だから、舞台があればそこに行く。」と、ベテラン芸人らしく芸に対する思いを語っていた牧さんは、自身の闘病を語る講演のほか、他の芸人仲間達と高齢者の施設での公演を行ってきました。
「ギャラが目的じゃない。お客さんが喜んでくれることが一番。」と信念を語る牧さんは、風刺の利いたウクレレ漫談で2003年には文化庁長官賞を受賞しています。その時は、「誰が上、誰が下、それはファンが決めるもの。役所や寄席が決めるものではない。舞台に立てば芸人は一匹狼だから、自分のやりたいことをやりますよ」と、芸人の心意気を語っていました。
上記の「舞台があればそこに行く。」という言葉とは裏腹に、亡くなる直前の仕事をキャンセルし、そのまま自宅に帰ることもなく自らの命を絶った牧さんですが、よほど思い詰めた何かが心の中にはあったのでしょう。これまでに牧さんの身辺や自宅では遺書が発見されていない事から、上記のケーシー高峰が語った様に、病の後遺症に悩んだ末に鬱症状から突発的に自殺という道を選んでしまったのでしょうか。突然の出来事に関係者は終日信じられないままだったことでしょう。
生前に会長を務めていた東京演芸協会は公式サイトで、「本協会・牧伸二会長が急逝されました。現時点、協会よりの御案内、お知らせをストップしました。誠に申し訳ありません。後日、改めてコメントさせて戴きます。どうぞ宜しくお願い申し上げます。」と発表しています。
こちらはYouTube上に現存する最も古い牧さんの映像で、1967年に放送された「ウクレレで客引き合戦」というタイトルだけは分かっていますが番組名は不明です。京唄子(85)に鳳啓助(享年71)、「男はつらいよ」に出演していた森川信(享年60)の姿が見られます。この「やんなっちゃった節」の原曲は有名なハワイアンの曲、「Far Away」である事は言うまでもありません。
自分は古い人間ですので、かつての「大正テレビ寄席」における牧さんの活躍ぶりが今も脳裏に残っています。当時の牧さんは大スターでした。若き日の楽しい思い出を有難うございました。
亡くなられた牧伸二さんのご冥福を心よりお祈りします。
2013-04-29 23:27
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